今月の論文紹介

論文紹介 (2024年)

読んで面白かった論文を、不定期に紹介しています。

  1. Unexpected Observation of Disorder and Multiple Phase-Transition Pathways in Shock-Compressed Zr.
    Physical Review Letters (2024) https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.133.096101

    衝撃圧縮にはあまり詳しくないですが、一読して面白い実験と結果、また論文の語彙の選び方や文章構成が勉強になると思ったので取り上げてみます。Zrのhcpであるα相からω相への相転移の過程で、どのような構造変化が起こっているかを、XFELを用いたフェムト秒X線回折測定から議論した論文です。まず、いきなり私が読んでわからなかった点から……この論文では観測された現象が圧力の関数として議論されていますが、温度の効果は考慮に入れる必要はないのでしょうか? 衝撃圧縮されたα相と中間状態(?)のディスオーダーを議論していますが、こうしたディスオーダーの構造やその生成/解消のダイナミクスは、温度上昇の効果を受けるのではないか、と疑問に思いました。

    著者は、α相の単結晶に対して[0001]方向から衝撃波を当て、X線回折においてスポットがどのように変化したり現れたりするかを追跡しました。α相の結晶学的な方向は揃っていますが、ω相にはいくつかの異なる方向のドメインが現れます。この「方向の違うドメイン」のことをVariantと呼んで区別しており、これまで観測されていなかった第三のorientational relationを持つvariant (III)が初めて観測されたこと、そのvariantは圧力の上昇とともに消滅してしまうこと、機械学習ポテンシャルを用いた分子動力学計算ではこのvariantは再現されなかったことなどを報告しており、これらが論文の骨子を成しています。回収試料ではこのvariantは観測されていなかったことから、他のvariantとは生成消滅のkineticsやhysteresisが異なるのだろう、と結論されています。

    私が興味を持ったのは少しサブのトピックなのですが、α相の圧縮とともに生じるdiffuse scattering patternについてです。Fig 1に示されるように、散漫散乱シグナルはω相への相転移が完了するまでは顕著に観測され、ω相への転移が終了すると小さくなります。この散漫散乱は液体の散乱などとは異なり、6回回転対称性をもつような、2thetaの同心円方向に強弱のある散乱であり、"ナノ結晶"的なorderを局所的には有していることが示唆されます。一方のMD計算では、(1) 相転移の過程で結晶星の悪い領域ができるが、その局所的な動径分布函数などから判断するにω相に類似した局所構造をもっていること、(2) MD計算で得られた構造をもとにX線散乱パターンを計算すると、6回回転対称性をもつ散漫散乱シグナルも再現されること、が述べられています。ただ、意図的にぼかして書いているのだと思いますが、これが実験で得られた散漫散乱の直接的な原因である、とまでは断定されていません。その理由のひとつは、実験においては、ω相への転移が開始する前から散漫散乱が観測されているのに対し、計算ではα相の領域では散漫散乱を生じさせるような構造は再現されていない、という齟齬にあると私は読み取りました。このあたりは将来もっと調べてみる、と述べるにとどまっていますが、構造相転移の開始前に、ナノドメインが母相中のdisorderとして生じるとすればより興味深い結果かと思います。

    英語も読みやすく、論理関係もわかりやすく、書き手としても勉強になる論文でした。

  2. Data-Assimilated Crystal Growth Simulation for Multiple Crystalline Phases.
    arXiv (2024) https://arxiv.org/pdf/2405.09956

    東大理物の常行グループからの論文です。筆頭著者の久保さんとは大学院のプログラムの同期で、2年ほど前から何度かこの話題についても意見交換をしており、細かいアップデートはありますが、2年前の話から骨格は変わっていないので、計算のの方々は「どこに目をつけるか」こそが鍵であると感じるところです。

    さて、結晶構造予測は現代の計算科学の大きなトピックの一つですが、ここでは単に安定な結晶構造を探索するだけではなく、実験のXRDパターンを用いて、実験で出現している未知の構造を予測する、および、複数相が混在している系で、それぞれの構造を再現するという、回折実験をやっている私のような立場からすると夢のような手法を提案しています。データ同化結晶成長(Data-Assimilated Crystal Growth: DACG)と名付けられており、具体的にはpotential energy項に対して実測と計算のXRDの反射強度の差異を考慮に入れるようなpenalty functionを足し合わせた函数を考慮することで、XRDと極端に齟齬が生じている構造は、仮にエネルギー的に安定(準安定)であってもそこに収束することがないように工夫されています。従前から広く用いられているsimulated annealingではうまく再現できないような構造や、複数の多形の混在した系でも、S(Q)が実験と合うような構造を導き出すことができます。ただ、multi-phaseの場合必ずしも現実的な構造に収束しているわけでもないようで、2相のドメインがはっきり分離しているような構造ではなく、現実にはまだ「合っていない」と考える方が妥当です。

    不思議なのは、使用しているQ-rangeが比較的狭いにも関わらず、むしろ短距離秩序構造のほうが上手く再現されている点です。なぜそうなるのか、というのがいまいち判然としません(それでもg(r)で結構なコントラストをつけられるのも不思議です)。そこで、XRDの反射強度の推定と比較に使用するQ-rangeを、もう少しhigh-Q領域にまで広げてみる、ないし、S(Q)ではなくg(r)でpenalty functionを計算してみるとどうなるのか?というのが純粋な興味としてあります。

  3. Negative X-ray expansion in cadmium cyanide.
    Materials Horizons (2021) https://xlink.rsc.org/?DOI=D0MH01989E

    私の学科に講演しにきてくださった機会があり、ある時期Goodwinグループ(Oxford)の論文を手当たり次第読んでいました。率直に申し上げて今自分の中で最もアツい研究室といっても過言ではありません。仕事の内容もさることながら、論文の文章構成が素晴らしく、自分で同じデータを持っていたとしてもこの論文にはできないな、という感想を抱くものが多いです。大変勉強になる論文が多いと思います。さて、Cd(CN)2は負の熱膨張 (NTE)をもつことで有名な物質ですが、この論文では格子パラメータがX線回折測定におけるX線の照射量にも依存することを報告しています。きっとNTEを調べようとしてX線を当てていた過程で、何かが変わっているのに気付いたのかな?と推察しますが、そうであっても良いところに手が伸びる嗅覚が素晴らしいと思いました。

    著者によると、X線を当てると膨らむ物質というのはいくつかあるらしいですが、縮むというのは珍しいとのこと。これをNTEに倣ってNegative X-ray Expansion (NXE)と名付けています。実験ではキャピラリーに封入した試料に対して角度分散型のジオメトリーで粉末回折を取るのですが、ここでビームの大きさが2.5 mmくらいであるため、キャピラリーを2.5 mm動かすことによって、試料を交換することなくX線に照射されていない試料に「交換」することができる、というのが測定上の工夫です。かしこい〜。少し気になるのは、X線のエネルギー(今回は波長およそ0.8 A)に対する依存性はないのか?という点でして、酸素を含む物質では酸素の吸収端付近のエネルギーを用いると物質の構造が変化しやすくなるというようなことも報告されていたりします。

    次に、この物質は135 Kに固体固体相転移があるのですが、100 KでX線を照射すると高温相へ戻る、という結果が報告されています。ここから、X線の照射が試料の温度を局所的に上昇させるのが、この原因、ならびにNXEの原因ではないか?という素直な問いが浮かびます。私ならそうなんだろうな、で終わってしまいますが、ここからがこの仕事の面白いところです。著者らは目的物質に、熱膨張係数が非常に大きいスタンダード物質K Mn[Ag(CN)2]3 を混ぜて同じような実験を行いました。すると、温度スタンダード物質のほうにはほとんど変化が無かったのにも関わらず、Cd(CN)2のほうはX線の照射に応じて格子体積が変化していました。ここから、X線照射の影響は温度上昇として現れているのではない、ということが結論づけられます。

    他にも、低温に冷やす前に室温でX線を照射しておいたサンプルと、低温ではじめて照射したサンプルでは構造が異なることが示唆されるなど、非常に興味深い結果が紹介されています。この物質は非常にcorrelated disorderが発達する系であり、特に低温での挙動は構造の議論とからめるとさらに面白いものが見えてきそうですが、この辺りは別の論文で、というテイストでした。

  4. Polymorphism and Phase Stability of Hydrated Magnesium Carbonate Nesquehonite MgCO3 ·3H2O: Negative Axial Compressibility and Thermal Expansion in a Cementitious Material.
    Crystal Growth & Design (2024) https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.cgd.3c01171

    MgCO3には実にさまざまな水和物結晶相が知られており、 Nesquehonite (ネスケホン石, MgCO3 ·3H2O)は比較的古くから見出されていたようですが、結晶構造に関して多少意見のばらつきがあったり、相関係に関する仕事が少なかったりする鉱物のようです。一説によると化学式はMg(HCO3)(OH)·2H2Oと書かれるべきという主張があったようです(結晶構造については、いくつかの先行研究がありますが、最近ですと筑波大の興野先生のグループが粉末中性子回折による重水素位置の解析を行ってMgCO3 ·3H2Oと結論づけていました。→Yamamoto et al., 2021, JMPS)。今回紹介する論文でも結晶構造の検討は行われており、より高対称のPnmaなども試したようですが、a-glideの消滅則が満たされていないため、やはりmonoclinicであるという結論のようです(lstファイルを見て判断したと書いてありますが、生データを見ればより明快かとは思いました)。メインは、20 GPaまでの高圧実験およびある特定の圧力における高温実験を行ってネスケホン石の相関係を調べたという仕事になります。

    Figure 2–4に示されるように、粉末回折で新しいピークが出現するのは4 GPaですが、格子定数を圧力に対してプロットすると2.4 GPa付近にも不連続的な挙動が見られます。ここに1つめの相転移(HP1相への転移)が、そして4 GPa付近に2つめの相転移があるという結論です。粉末・単結晶データともに、常圧相はc軸方向にわずかなnegative linear compressibility (NLC)を示す一方で、DFT計算ではNLCは再現されなかったという点は興味深いと思います。

    なぜNLCが生じるのかは、水素位置を精密に決定できていないため厳密に議論するのは難しいという論調ですが、常圧での水素結合長にかなりのばらつきがあり、これらが同じような長さになるまである方向にのみ縮む動きがenhanceされ、かつ新しい水素結合が生じるため、およびおよび、[MgO6]八面体が歪みやすく、常圧よりさらに大きく歪んだ構造を取ることができるため、それらの結晶学的な方向を総合するとc軸方向に伸びるのではないか、と考察されています。

    さらに高圧の相(HP2)については、実験的には構造解析できなかったようで、DFT計算による予測構造(同一空間群)の図が載っていますが、この構造では実験のパターンをうまく再現できないとも書いてあり、なにか似て非なるもののようです。これはぜひ解いてみたいですね。また0.7 GPaでの加熱実験では、magnesiteに分解する過程で未知相が出現したとも書いてあります。構造はorhorhombicではないか、と述べられていますが、正確な水和数が未知であるため、構造の手がかりは少ないようです。現象として面白いものがたくさん報告されていたので、その構造やメカニズムについてもう少し知りたいな〜と思いました。たださすがCGDでして、全体にきちんとした仕事だなと感じました。

    ちなみにMethodの章が実験と計算に分かれているのですが、実験パートはフォントが小さいのに計算パートは大きいフォントになっています。単なる間違いだと思いますがちょっとレアな論文でした。笑

  5. Assisted Self-Assembly of Nanoporous Ices via Carbon Nanomaterial Templates.
    Journal of Physical Chemistry Letters (2024) 10.1021/acs.jpclett.4c00032

    一方向を向くように等間隔で綺麗に整列させたカーボンナノチューブ(ないしcarbon atom chain: CAC)の隙間に水を満たしたような環境をMD計算で作成し、そこからどのような氷が結晶化してくるかを調べた仕事です。テンプレートとなる物質を入れてやることで、目的の物質の自己集合を助けるという着眼点は、水に対してはそこまで多くは研究されてきておりませんでした。いくつかの先駆的な理論計算研究がありますが、まだいろいろアイデア次第でやりようがあるようです。

    今回はCNTを整列させる間隔を変えながら氷結晶の構造を調べるなど、いくつかの少し大きなスケールでのパラメータ依存性を調べており、実際にporous iceがいくつか結晶化してきたようです。 どれもzeolite structure databaseにありそうな構造ですが、WOF-T-4.8というconfigurationから見出された氷構造(configurationの命名規則は本文をご参照ください)は、既知のメタンハイドレートからメタンを抜き取った構造をしており、なんか良い線行っている感じがします。これらはCNTの間隔が、氷に存在する面間隔とある程度マッチしたときに出てくるということで、CNTが水分子の流れを制御してある方向に集まりやすくしているということが伺えます。私から補足しますと、ice XVIやXVIIはネオンや水素を内部に取り込んだクラスレートハイドレートからゲストを抜き取ることで実験室系で合成されましたが、この際に氷のチャンネル内をガスがそれなりに動き回ることが重要でして、メタンなど大きな分子については動きが遅く、加えてチャンネルの大きさに対してゲストも大きくなってくるので、熱力学的(準)安定領域の中でゲストだけ抜き取るというのが難しいみたいです。

    テンプレートを抜き取ったあとの動的な安定性についても議論されています(実験的に、抜き取ることができるのかはさておき)。具体的にはフォノン分散に不自然なモードが存在しないことを確認しているようです。実際には、まずCNTを綺麗に並べるというのが難しそうですが、それなりに水分子が動けて、interactionが強すぎないようなチャンネルを用意してやれば似たようなことができるような気もします。面白かったです。

  6. Abnormal compression behavior with unexpected negative linear compressibility of γ-AlOOH nanotubes.
    Applied Physics Letters (2024) https://doi.org/10.1063/5.0220523

    水素結合によってレイヤー構造を作るγ-AlOOHのチューブを合成し、その高圧下でのcompressibilityを調べたという論文です。 論文ではさらっと説明されており、この界隈では当たり前のことなのかもしれませんが、この物質のナノチューブができるという点が非常に新鮮に感じました。 XRDによる解析では、ナノチューブであってもバルクと類似の格子をもつということで、これは非常に興味深いと感じます(ある方向には「ふち」がありませんから完全な無限並進対称性 があるような状態と見なすことはできないでしょうか?)。

    ただ、Compressibilityのパートはむしろいくつかの懸念があります。 10 GPa以上で生じるとされているnegative linear compressibilityの根拠になっているのは粉末XRDパターンの解析(おそらく、Le Bail法によるもの? チューブに由来する激しい選択配向がある上、パターンを見ると高圧でかなり結晶性が悪くなっているので、Rietveld法で合わせられる範囲に入っているか怪しいです。)ですが、かなりピークがブロードなうえに、c軸長に依存する反射はどれもブロードニングの影響が特にひどい、かつ、強度がそこまで強くないので、この方向のcell parameterの値がきちんと取れているかは疑問が残ります。
    ほかにも、セルパラメータの異常が生じる10数GPaは、PTMとして用いているシリコンオイルの固化圧力に対応します。したがって、この圧力を境にナノチューブの感じるストレスの様式が変化するという可能性は考慮されるべきではないでしょうか? 最後の方で、常圧ではチューブの中に入れなかったPTMが、10 GPa以上でチューブの中に入り、内側からチューブを支えるのがNLCの直接的な理由である、と考察されていますが、このPTMは10 GPaでも固体になっているという話ではなかったではないでしょうか? (see Stefan Klotz et al., 2009, Journal of Physics D: Applied Physics) また、常圧で入らなかったPTMが、突然10 GPaから入り始めるというのは、ありえるかもしれませんが、客観的データなしに主張されるには少々強すぎる主張のようにも感じます。これらを総合すると後半のNLCの議論は再度検証されるべきというのが率直な感想です。少なくとも、異なるPTMの実験結果くらいは出せたのでは……と思っちゃいました。

    これを踏まえるとNLCは必ずしもAl-OOHナノチューブそのものの性質とはいえない部分があるようです。

  7. Superconductivity scandal: the inside story of deception in a rising star's physics lab.
    Nature (News Feature) (2024) https://www.nature.com/articles/d41586-024-00716-2

    世間を騒がせた(ている)Ranga Diasグループの超伝導に関する研究について、2本の論文をEditor権限で撤回したNature誌自身が、背景にどのような調査や経緯があったのかを説明している記事で、読み物としては面白いと思います。 学生の知らないところで論文が全て出来上がっており、コメントがあればメールで伝えるようにと言いながら、ほぼそれに対して時間を設けず、間髪入れず勝手にsubmitしてしまっていた、など、生々しい裏事情が語られています。 また、撤回に際してpost-publication reviewを行い、何名の専門家のうち、何名がどのような意見を述べたということも具体的に書いてあります。一部の関係者は実名で公表されており、これは掲載した雑誌の当事者にしか執筆できない記事になっていると思います。 特にLu-N-Hの論文に記載されている試料調製方法は、測定を行った試料のものではない(そんなことは当然論文には書いていない)とか、「Rangaがバックグラウンドを引けばなんでも超伝導になる」という元学生の証言はおぞましいものです。

    しかし、Natureは、一度はアクセプトした論文を2回も撤回し、しかも後発の論文については先発の論文への疑義が相当高まっていたタイミングであったことから慎重な判断が求められていたにもかかわらず、出版に踏み切ってしまったという立場でありながら、それに対しては一般的なjustificationしかなされておらず、この混乱を招いた当事者的な視点は欠落しています。 Nature誌からすれば巻き込まれてしまったというような感覚でしょうし、実際、いい迷惑なのでしょうが、どうしたら防ぐことができたかということについて検討し、対策しているそぶりくらいは見せてくれないと、IF稼ぎだけの雑誌という印象はいっそう強くなってしまうのではないでしょうか。今回の論文もNatureのIFの数字よりすでにだいぶ引用されていますので、そういう意味ではIFを上げることには貢献しています。怪しい論文でも、あとから適当なところでretractすることでNature自身は正義の番人である、という物語を成り立たせるためにそうしているのではないか、と言われても仕方ありません。

    ちなみに、arXivにはR. Hemleyのチームが、Diasチームから提供された試料で超伝導を確認できたという論文が掲載されています。このチームもクロなのでしょうか。だとしたら私はかなり悲しいです。Hemleyさんは地球物理学や氷の物理化学など、私の周辺分野でも良い仕事をされている研究者です(怪しい部分も、まぁありますが・・・笑)。

  8. Atomic-scale insights into topotactic transformations in extra-large pore silicate zeolites using time-resolved 3D electron diffraction.
    ChemRxiv (2024) https://chemrxiv.org/engage/chemrxiv/article-details/65ab721366c1381729dc473c

    2つのゼオライト間のtopotactic reaction(結晶構造の関係性が保たれるような構造変化を伴う固相反応)を、3D EDで時間分解で追いかけてやったという論文です。時間分解と言っても最近流行っている瞬き未満の時間スケールではなく、数時間かかる反応で、それ自体にはEDの優位性はありませんが、結晶サイズが非常に小さく、粉末回折では追いかけるのが困難な反応であるところに、3D EDを持ち出すモチベーションがあります。具体的に取り込まれていたゲストが抜けていき、microporous frameworkの形が変わっていくところを結晶学的に追跡できるところは大変面白いと思いました。

    こうしてみると電子線結晶学は非常にパワフルなツールなのですが、同時に電子線はそれ自体が試料とときに破壊的に相互作用するプローブである点には注意を払う必要があると思います。 SEMを見ると0.5 * 0.5 * 2 µm^3くらいの柱状結晶だったので、マイクロフォーカス放射光X線を使った構造解析も可能かもしれません。それぞれの手法に利点欠点があるので、手法自体が発展するのは素晴らしいことですが、一方で基礎的な技術開発のステージにおいては、同一の反応を複数の手法でトラックするなどして、手法間の差異を定式化してもらえると、今後に続くユーザーにとってより状況が分かりやすくなると思いました。たとえば、電子線を照射することによって化学反応に影響を及ぼすということはないのでしょうか? また、今回の反応追跡段階のR1因子は若干高めの値であるように思いますが、このあたり、X線にアドバンテージがあるということはないでしょうか?

  9. Hot interiors of ice giant planets inferred from electrical conductivity of dense H2O fluid.
    arXiv (2024) https://arxiv.org/abs/2401.11454

    ダイヤモンドアンビルセルによる静的圧縮とレーザー加熱によるH2O液体(流体)の電気電動測定の結果を報告しています。45 GPa, 2750 Kまでの彼らの結果によると、水の電気伝導度は従来衝撃圧縮実験から予測されていたものよりいくらか桁で低く、この温度圧力における水は、天王星や海王星といった巨大氷惑星のダイナモを駆動するためには十分な伝導度を有しない、という結論でした。つまり、氷惑星のマントルの温度はこれよりもっと高く、4000 K程度は必要で、ionic liquid H2Oではなく、conducting H2Oで構成されている、ということが示唆されます。 静的圧縮のほうが仮定が少なく時間スケールも長いので、バルクの物性値に信頼がおけるというのも一理ありますが、一方で、やはりレーザー加熱の場合は加圧軸方向の温度勾配の影響がかなりありますし、その他にも様々な実験的要因が存在しますので、本当に今回の値の方が現実に近いのかということは、私の知識からはすぐには判断できませんでした。彼らの過去のice VIIのデータとは整合的なようですが、異なる方法間での値の整合性や妥当性は、さらに異なる研究グループのデータなどから慎重に検討される必要があるでしょう。

    実際の氷惑星内部の物性やダイナモ理論との接続を考える際には、溶け込んでいる塩の影響も気になります。この論文では "It is likely that the convecting fluid is not pure H2O but includes some NH3 and CH4, but they are less conductive than ionic H2O and would not enhance the bulk conductivity" と述べられるにとどまっていますが、氷のダイナミクスの知見からすると何か特定の塩に対しては特異的な応答を示しても不思議ではない、と私は思います。

  10. Observation of the most H2-dense filled ice under high pressure.
    Proceedings of the National Academy of Sciences (2023) https://pnas.org/doi/10.1073/pnas.2312665120

    水素クラスレートハイドレート(水分子のケージに水素分子が入った結晶)が圧力と温度に応じてどのように構造変化するか、90 GPaという非常に高圧まで調べた仕事です。H2とH2Oがmol比で2:1である高圧相(C3相)が100 GPa付近まで高い安定性を持つこと、20 GPa付近まではH2とH2Oがmol比で1:1である高圧相(C2相)が安定だが、それ以降の圧力ではC3のほうが安定になること、実験的には高圧でC2を1200 K付近まで加熱してやると実験的に作製できること、などを報告していました。 興味深いのは、実はC2もC3も水分子が作るカゴの骨格構造は共通で、かつそれが氷I(氷Ic)のフレームワークそのものであるという点です。PIであるLiviaの話を昨年の国際学会で聞きましたが、水素-水系の実験を通して見ると、氷Iの構造が改めて非常に安定であるというふうに思えてきます。しかし、たとえばもっと大きなゲスト分子(クリプトン・ネオン・キセノン・Co2など)では、このような非常に圧力の高い領域ではそもそも安定なクラスレートが存在しない、というふうにも言われており、このあたりをさらに一般化して行きたい、という夢が語られて論文は終わります。 自然の奥深さを感じました。 Nice work!